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ベオグラード4、5(、6)日目 [旅]

2日目から、帰国の途につく6日目までを、6日目の朝に書くという、無茶をやっているわけですが、帰国してしまうと多分放置状態になってしまうと思うので、無理矢理書いています。(複数の記事の日付が重なるのが嫌なので、予約投稿にしています。)

元々の心づもりでは、学会の後2日間フルにあるので、そのうち1日はセルビアのどこか他の都市(おそらくは Novi Sad)に日帰り旅行をしたいという希望がありました。しかし、1ヶ月で3回の海外旅行の終わりまで来て、さすがに疲れがどっと来てしまったので、結果的にはベオグラードで家族への土産物を探して買う、というだけにとどめることにしました。地方都市は次回の課題ですね。

2日間のうち1日目(金曜日)は、町歩きと、ラキヤ探しでした。前回は空港の免税店で買ったものを、ドイツでの乗り換えで没収されてしまったので、あらかじめ買ってスーツケースに入れたかったのです。去年12月にセルビアはシェンゲン協定国になり、ヨーロッパとの行き来が簡略化されたので、今回は大丈夫になっているのかも知れないけれど、念を入れることにしました。比較的大きなスーパーで、プラムのラキヤと、ブドウのラキヤを買いました。それぞれ、日本円にしたら1200円、600円といった安さです。

あとは、相方と息子向けのお土産探し。相方は、民芸品がほしいと言っていたので、下の写真の Craft Street Market を覗いたのですが、確信がなかったので、この写真をメールで送って、こんなところで買うのはどうかな?とお伺いを立てました。

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相方の返事は、アクセサリーじゃなくて、もっと品質のいいものがいいな、というものでした。うーむ。

因みに、この写真の真ん中に若い女の子3人組が写っていますが、彼女たちは、僕がラキヤを買ったスーパーのレジで僕の前に並んでいた子たちです。ビールを買おうとしたら、レジの人と何かやりとりがあって、どうやらIDを見せろ、未成年には売れないと言われていたんだと思います。その後僕の方を向いて、セルビア語で何か言ってきました。状況からして、私たちの代わりに買ってくれない?というようなことを言っていたのだと思うのですが、僕は分かった振りもできないので返答に窮していたら、僕の後ろに並んでいる若い男性に頼んで希望を達成したようです。

彼女たちの若さなら英語ができないはずがないから、英語で言ってくれれば、僕にも助けられたのに…。でも、いくら見かけが東洋人だとしても、最初からセルビア語が分からないと決めつけて英語で聞くという発想はなかったんだろうな。

その日は、夕方4時頃にホテルに帰ったら、疲れのためそのまま眠ってしまいました。

翌日は、Kalenić Pijaca(カレニッチ市場)という、大規模で何でもありの市場に行きました。相方が欲しがるようなものは多分見つからないだろうとは予想できたのですが、一度見ておきたかったからです。

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大きいと言っても、あくまでベオグラード市内ではということで、驚くような大きさではありませんでしたが、カート式の鞄を持った人がたくさん来ていて、市民が意欲的に買いに来ている場所だというのはよく分かりました。完全に、日用品を買うような場所で、やっぱり土産物になるようなものはありませんでした。

それで、やっぱりショッピング街やショッピングセンターの中を見たのですが、良さそうなアクセサリー類があっても、インド製、中国製、フィリピン製ばかりで、なかなかセルビア製というのは見つかりません。でも、ふと見ると何か民族衣装風な服ばかり並んでいるブティックを見つけたので、入っていって、全部セルビア製かと聞いたら、そうだというので、そこでさがすことにしました。

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服はサイズの問題もあるし、好みに合わないと着ないだろう、と思って迷ったのですが、何とか、ネット状のマフラーのようなショールのようなものを見つけたのでそれにしました。でも、お金を払ってみたら、わずかに840ディナール。安すぎですね。それこそ、空港の免税店に期待をかけるしかないかな…。

因みに、息子向けには、子供用の絵本を買いました。言葉が分からなくても、絵を見れば話が想像できるので、結構いいんじゃないかな。

買い物が終わったのが2時過ぎ。昼食をどこで食べようかな、と思ったのですが、結局、2年前も行った、レストラン街の Skadarska に行きました。2年前と同じ Zlatni Bokal にしようかとも思ったのですが、その隣の Crni Gruja という場所にしました。食べたのはハンバーグ。ものすごい大きさですね。

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この日も夕食を食べる前に眠くなって寝てしまいました。そうして、出発日の今朝に至ります。

記事を2本書いたら、ちょうどいい具合の時間になりました。そろそろ荷物をまとめて出発する準備をしなきゃ。


ベオグラード2、3日目 [旅]

ベオグラードの2日目と3日目は学会です。非常にストイックな学会で、昼食も含めてほとんどベオグラード大学の中にこもっていました。

学会初日は、夕方最後のセッションで、僕は座長を務めました。どうも、前回、今回と続けてきている人の中から選ばれたようですね。

その後は学会懇親会(conference dinner)。2年前と同様、大学近くの Aeroklub というレストランでの着席パーティーでした。僕は翌朝一番の発表なので、あまりはじけられませんでしたが…。近くに座ったセルビアの人に、2年前にここに来て以来、このあたりの歴史に興味を持って、Tim Judah の本を読んでいる、と言ったら、それは主観的であまりいい本じゃない、そもそも著者は記者だ、歴史なら、Chernobyl Stawberry とか、Rebecca West の本がいいわよ、言われてしまいました。まぁ確かに、Tim Judah の本は、歴史書にしては話があちこち飛びすぎだし、アマゾンのカスタマーレビューでも、「セルビア人は好まないだろう」と書いてあったので、そういう反応は予想できたわけですけど、しかしやっぱり、そういう、自国の歴史を外国人が書いた本のことはちゃんと知っているんだな、と思いましたね。下の写真は、懇親会が終わって引き揚げるところです。立派なレストランでしょう。

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翌日は朝いちで発表。懇親会の時点で準備が終わってなかったのですが、時差と酒で眠くてどうしようもなかったので、先に寝てしまって、午前4時頃起きて準備しました。

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発表は、まあ、無難に終わったんじゃないでしょうか。時間をあらかじめ計らなかったにもかかわらず、オーバーすることも、2年前のように大幅に早く終わることもなかったし。もっとも、去年12月に東京で発表した内容に、あまり付け加えることができなかったのが残念ではあるのですが。あと、この写真を見ると、ああ、体型と姿勢が悪いなあ、とげんなりしてしまいますね。

長丁場の学会は、夜7時まで続きました。また2年後の再会を誓いました。

その後は、日本から来ているあと2人の参加者と一緒にセルビア料理を食べに繰り出しました。Vuk という4つ星のレストランです。

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前菜に、セルビア風焼き豆と子牛のタンと白チーズのプレート、サラダを食べ、メインはウェイターの勧めに従って子牛のロースト(1kg!)にしました。3人ですが、ビールの後、白ワイン、赤ワインの順にボトルを空けました。セルビア中部産のワインだそうです(ちょっと前ならモンテネグロ産になったのでしょうけど、国が分かれてしまいましたからね…)。ひととおり、料理の写真は撮ったのですが、全部を載せても仕方がないので、メインの子牛だけ。

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食後酒には自家製のラキヤを頼みました。原料はプラム。冷やしたものが出ました。

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甘いけどとても強い酒です。蒸留度の低いブランデーのようなものですから。調子に乗ってみんな3杯ずつ飲んだら、全員ベロベロになってしまいました。もちろん、すべてが終わった開放感のおかげですね。


ベオグラード1日目 [旅]

2年ぶりにベオグラードに来ました。今はもう4日目なのですが、遅れを一気に取り戻すのも大変なので、今回は1日目についてだけ書きます。

因みに、アメリカから日本への帰国は大変でした。今回は座席のアップグレードはならず、狭苦しいエコノミークラスにいた上に、隣の中国人のおじさんがとても落ち着きがなく、乗っている間、彼が4~5回トイレに行くためにどかなければならなかったからです。おかげでほとんど寝られませんでした。(1回など、僕が寝ているのを起こして "Excuse me?" と頼まれました。)

しかし、いちばん困ったのは、チェックイン荷物に間違ったタグがつけられてしまったらしく、成田で受け取れなかったことです。その翌日にベオグラードに発つのに、一緒に行くべきスーツケースがそれに間に合うように受け取れない、ということになってしまったのでした。

幸か不幸か、我が家にはもう一回り大きなスーツケースがもう一つあったので、それを使うことにしました。衣服はまあ、ベオグラードの週間天気予報を見る限り、アメリカよりも遙かに薄着が妥当だったので、それほど大きな問題ではありませんでした。それでも、下着靴下は、古いものを掘り出さないと足りませんでしたが。コンタクトレンズ、電気カミソリの充電器、デジカメの充電器、歯磨きセットや一部の薬、発表の準備に必要な関連文献、時差対応の目覚まし時計といった、細々としたものが未着のスーツケースの中にあったので、結局かなりのものを出発前に成田空港で買う羽目になりました。やれやれ…。

さて、この旅行は、2年前に第1回に参加した学会の2回目に参加するためのものでした。今回は何と、座長を仰せつかることになりました。1回目の学会論文集に論文を載せたことで、すでに常連扱いされているのでしょうか。でも、前回僕のほかにただ1人来ていた日本人も学会論文集に論文を載せていて、しかも今回参加するので、同じ条件なんですけど。

そのほかにも今回は日本から新たに2組が参加です。どちらも知っている人でした。やはりこの世界は狭いです。

空港に夜の9時過ぎに着いたとき、すでに空港の両替所が閉まっていたので、シティバンクのカードで現金を引き出したのですが、serbian dinar (RSD) と日本円の換算率が分からなかったので、いくら引き出したものか迷いました。機械に表示されていた選択肢の真ん中ほどにあった5000ディナールを選んだのですが、その後、1ユーロ=99ディナールあまりと表示してある換算表を見つけて、なーんだ、1円よりちょっと高いだけだ、とようやく理解したのでした。(レートは変動しているに違いないですが、2年前の記憶はすっぽり抜けていました。多分、手持ちのユーロとクレジットカードばかり使っていたからかなあ。)

翌日の懇親会の代金は20ユーロと言われています。(これは単純に100倍して2000ディナール払うので大丈夫でした。)公式にユーロが流通していない国でも、ホテルの宿泊料金の表示とか、普通にユーロなんですよね。クロアチアもセルビアもそうです。モンテネグロみたいに、ユーロ圏でないのに正式にユーロを採用しちゃっている国もあるわけですが…。そういう場合、紙幣や貨幣の現物はどうやって調達しているのだろう?と不思議になりますね。

タクシーの運ちゃんが、"How much is the fare?" という質問を理解してくれなくて困りました。"Of course, we are fair." なんて返事されたりして。最終的には "How much money do you charge?" でようやく分かってもらえました。その返事も、ディナールとユーロ両方でした。


時ならぬ雪 [旅]

今、こちらは21日(日)の早朝。カンザスシティの空港で、日本への帰路につくところです。こちらは金曜日の夜に寒波が来て、一面雪景色になってしまいました。

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土曜日にローレンスを発って空港の近くのホテルに移ることにしていたので、雪の中の運転なんてしたことない、勘弁してくれよお、と思ったのですが、もはやこれは仕方がない。車の雪を払うだけで結構な手間がかかりましたが、何とか空港まで運転してきて、レンタカーを返却しました。

高速道路は除雪が行き届いていたので、その意味では運転に支障はほとんどなかったのですが、追い越していく車が水しぶきを僕の車のフロントガラスに思いっきりかけていくので、視界が遮られることしばしばで、やっぱり大変でしたね。車は本来の予定では今朝まで借りているはずだったのですが、雪の中、早朝眠いところを返却に行くのは危ないかもと思ったので、昨日返しました。今朝、ホテルから空港までの送迎車の走る道を見たら、判断は正しかったと思います。早朝は除雪が行き届いていない場所もあったから。

実は、前回の記事に書いた予定はみんなキャンセルになってしまい、結果的にローレンスではほとんど何もしないで日々を過ごしただけになってしまいました。毎回、春にこっち(アメリカ本土)に来て良かったという記憶などないのに、安易にまた来てしまった僕が間違っていたということなのかも知れません。

ついでに言えば、KU Jayhawks は初戦は勝ったものの、昨日の Northern Iowa 戦ではあっさり負けてしまいました。KU は、シーズンを通して負け数がいちばん少なく、第1シードだったのに…。

いずれにせよ、今回のちょっと辛かった旅も終わりです。相方と息子に会うのが楽しみ。しかし、日本に着いた翌日に、もうセルビアに旅立つというわけで、「終わった」と思いながら実は全く終わってなどいないのでした。それでもまあ、今回に比べれば、行く目的ははっきりしているので、心理的な調節はしやすいです。発表の準備がまだ終わっていないというのが問題ですが。


今度は1人でアメリカ・カンザス州へ [旅]

元々、この3月は、前半1週間は家族旅行(ニュージーランドをハワイに変更)、最後の1週間は学会発表のためにセルビアに1人で出張というはずでした。ところが、研究費支出の学内申請期限ぎりぎりになって、何か機械を買うか、出張するかしないと、今年度の研究費を消化しきれないことが判明。機械ったって、またノートPCを買っても仕方がないと思ったので、急遽今回の出張旅行を間に入れました。

ハワイ旅行終了から今回の出張までは間に4日間入っているからまだいいのですが、この出張を終えて日本に着くのが来週月曜日で、セルビアに向けて発つのが翌火曜日。つくづく、crazy なスケジュールだと思います。

しかも、今回の出張は、フィールドワークと銘打って申請したとはいうものの、今ひとつ目的がはっきりしません。こっちの大学がちょうど spring break に入っているということもあり、来ればいつも会っていた Jim教授は学会に出かけて不在なので、実質上は、友人のBruceとその家族に会うぐらいしかできません。まぁ、職業柄、英語圏に身を置くだけで一種の研修のような感じにはなるので、これでも無意味ではないですが、「フィールドワーク」と言ったって、名目のために看板を掲げただけというしか言いようがないですね、せっかく他人のお金で来させてもらっているのに申し訳ない話なんですが…。

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ハワイでは結局、僕も相方も自動車を運転しませんでした。でもここカンザスでは自動車が必須なので、当然運転しています。道は大体わかっているので、問題はないのですが、12時間の国際線プラス3時間の国内線を乗った後、暗くなってからの運転はやっぱり不安を感じながらではありました。ここローレンスに着いたのは昨日の夜9時。夕食がまだだったので、落ち着いてから食べに出かけたのですが、当てにしていた店が、遅すぎてキッチンが閉まってしまっていたので、仕方なく、ホテルでお菓子を買って夕食代わりにしました。

今朝は時差ぼけがもろに出て、ベッドから出られませんでした。ちょうど St Patrick's Day だったので、街中のパレードを見ようかと思っていたのですが、眠気の方が勝ってしまい、その後は今度は空腹で起き上がれない、という状態。夕方になってようやくのろのろと起き上がり、シャワーを浴びた後で、Facebook  で Bruce に「どこにいる?ダウンタウンにいるなら見つけに行くよ!」と呼びかけたら、Free State Brewery にいると連絡が来たので(St Patrick's Day だから外に繰り出して飲んでいると見たのが的中)、そちらに直行、キルトを着た Bruce と奥さんの Jackie に会って、ビールと、(やはり St Pat's Day に因んで)Irish stew を食べました。

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明日は、Clinton Lake に farm を持っている Bruce の友人のところに、Bruce と Jackie と遊びに行き、夜は、ちょうどその日に開幕の "March Maddness"(NCAA男子バスケットトーナメント)で、KUをテレビで応援しよう、という話がつきました。

そうやって、Bruceたちに頼って楽しみつつ、次の学会発表の準備も進めなければならないというのが辛いところですが…。何しろ、来週の木曜日には発表ですから。それに、セッションの座長まで頼まれてしまったのでその人たちの abstract もある程度頭に入れておかなきゃならないし…。でも、座長を頼まれるほど信用されているというのは、嬉しいことですね。


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